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Vinnie Vincent

vinnie本名:Vicent John Cusano
誕生日:1952年8月6日
生誕場所:ニューヨーク州ブルックリン
身長:?
結婚:?

ヴィニーは、1952年ニューヨーク州ブルックリンで生まれた。その後、コネチカット州のブリッジポートで育つ。両親の名は、Terri と Alfonso。双子の姉妹との5人暮らし。母はカントリー・ミュージックを歌い、父はスチール・ギターを弾いていたので、ヴィニーも幼い頃より音楽に興味を示していた。ギターのレッスも受けるが、よりクラシック的な演奏に興味を持っていった。

1960年代の後半になりバンド活動を始めている。ブリッジポートのセントラル・ハイ・スクールを卒業後は楽器店に勤めてギターを売っていた。また、一方でギター教室の講師もしていた。そんな生活が2、3年続いたが、ヴィニーは、いつかは世に出たいと熱望していた。

1970年になり、ヴィニーにチャンスが訪れる。60年代から70年代初期に数曲のヒットを持つ Young Rascals のフロントマンである Felix Cavaliere がバンドを脱退し、数年のソロ活動の後に新しいバンドを結成した。そのバンドにギター&ボーカルとしてヴィニーが加入したのだ。バンド名は Treasure。Fellix はキーボード&リード・ボーカルで Rick Laird がベース、Jack Scarangeloがドラムであった。

Treasure は Felix 自身のプロデュースによりアルバム “Treasure” を録音している。その中の2曲”Turn Yourself Around” と “Innocent Eyes” は、ヴィニーが作曲したメロディックな曲で、当時から作曲能力には秀れていた。

しかし、Treasure は1年ももたずに解散してしまう。ヴィニーは Felix 関連のアーティストである Laura Nyro というフォーク系の歌手のレコーディングなどに参加していた。(そのアルバムはCASH BOXで182位を2週間記録している)そのアルバムにベーシストとして参加していた Will Lee は、同じ年(1978年)にエースのソロ・アルバムにも参加している。

Laura Nyro のアルバムに参加したことをきっかけに、Dan Hartman の INSTANT REPLAY というアルバムでも “Double-O-Love” 、”Time & Space” という2曲でヴィニーが参加している。INSTANT REPLAY はCASH BOXで149位を記録し、17週間チャートに残っていた。ヴィニーはアルバムのプロモーションのために暫く Dan Hartman と活動をともにする。と同時にヴィニーは自身のバンド Warrior を結成し25分間のデモ・テープを作成、レコード会社に送ったりしていたが、活動はうまく行かなかった。ニューヨークでの活動に嫌気がさしたヴィニーは、カリフォルニアに新天地を求め、ロサンゼルスに拠点を移すことを決意する。

ロサンゼルスへの移住と言っても、知り合いの家に転がり込んだり、空きアパートに潜り込んだりというニューヨークにいた頃と大して差のないものであった。ヴィニーの持ち物は電話機とギターだけ。ほとんど野宿のような生活で、運がよければマットレスで眠れるといった毎日であった。

そんな頃、ヴィニーはアダム・ミッチェルと出会う。アダムは、1981年から作曲家としてアーティストに曲を提供していた。当時の KISS は “CREATURES OF THE NIGHT” のレコーディング準備中であった。エースのレコーディング・セッション不参加により、KISS は外部の作曲家を必要としていたのだ。アダム・ミッチェルの他には Mike Japp(初期の KISS にも何曲か共作している)、Bryan Adams(その後、自身も”CUTS LIKE A KNIFE” でスターダムにのし上がる)、Jim Vallance(ブライアン・アダムスのアルバムにパーカッションで参加)などがいた。ヴィニーはアダムに是非、ジーン・シモンズに会わせてくれるようにと頼んだ。これが、KISSとヴィニーの関係の始まりである。

ヴィニーはジーンに会うと「ず~っとファンでした。あなたに会えるなんて最高だ!もし、作曲者が必要な時は私にも連絡をしてください。」と言って電話番号を教えた。ヴィニーは1週間ひたすら電話を待った。「本当にジーンから連絡がくるのか?」と疑いはじめた頃、ついに電話が来た!そして出来上がった曲が”I Love It Loud” と “Killer” である。ジーンとの関係が続く中、ジーンからポール・スタンレーを紹介される。まもなくして完成した曲が “I Still Love You” である。ヴィニーの手伝いもあり、バンドはアルバムの為の曲を集めることができた。残る問題は誰がギターを弾くのか、であった。

確かにアルバム完成後のプロモート活動にはエースも参加しているが、エリック・カーも断言するとおり、レコーディング・スタジオにはエースの姿はなかった。ギタリストとして Creatures アルバムに参加したのは、ヴィニーの他に Bob Kulick、Bob Stewart、Robben Ford、Steve Ferris であった。

1982年の9月、ヴィニーが風呂に入っていると1本の電話が鳴った。ジーンからである。ジーンはいくつかの質問をした後に「数ヶ月後にスタートするツアーに一緒に廻る気はあるか?」と尋ねた。ヴィニーはとりあえず今は風呂なので折り返し電話する旨を告げ電話を切った。急いで身体を拭いて、ヴィニーは叫びながら部屋中を駆け回った。
「やった!これで俺もメジャーになれる!」
電話をするとジーンは言った。「ニューヨーク行きの飛行機に乗れ。リハーサルを始める。ツアーを始めるんだ!」


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