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KISSTORY : 1973 Part2

Alice_CooperBillion_Dollar_Babies_Tour_19731973年6月3日の夜、ポール、エース、ピーターの3人はマジソン・スクエア・ガーデンへ Alice Cooper のショーを観に行った。Alice Cooper は70年代前半は大人気を博していた。アルバム “Love It to Death”、”Killer”、”Billion Dollar Babies” がヒットし、”SCHOOL’S OUT”、”I’M EIGHTEEN”、”NO MORE MR. NICE GUY” などの曲もヒット!そのホラーっぽくて演出に凝ったライブに大勢のロックファンが酔いしれた。ポールは Alice のステージ上での振る舞いに感動し、自分に取り入れられる物はないかと真剣に観た。ライブ後、ロフトに帰り、一緒に行けなかったジーンにどれだけ Alice Cooper のショーが良かったかを熱く語った。
(ポールとエースが開場後に前の列を取りに行こうと走っていったのが面白かったとピーターが振り返っている。)

※Alice Cooper In Concert 1972

その後のリハーサルでは、みんなが Alice Cooper に影響されたアクションをしていたが、ピーターが言った「ちょっと待て!Alice Cooper 4人はいらないよ!」このことをきっかけに各自が自分自身はどんなキャラクターになりないのかを考えた。ここが KISS 4人のキャラクターを確定させるターニングポイントとなっている。

後にプロデューサーの Bob Ezrin が語っている「確かに KISS は Alice Cooper に影響を受けてるけど、KISS は Alice が抜けた後を埋めようなんて少しも思っていなかったよ。彼らは常に Alice を越えようとしていた。KISS は常に自分たちが世界一のバンドだって考えていたんだからね。」

■The Daisy 1973/6/8、1973/6/9、1973/6/15、1973/6/16

※この6/16のライブは当時ローディとしてバンドを手伝っていた Eddie Solan によって録音がされていた。この音源が40年経った2013年にブートレグとして世間に出回った。おそらく KISS のライブ音源としては最古の物ではないかと思われる。また、この6月の Daisy でのライブはニューヨークではメジャーだったエンターテイメント・ガイド誌である Variety 誌でも取り上げられている。

※ The Daisy Live

“FIREHOUSE” の前にピーターが「メイリングリストがあるから、そこに名前と住所を書いておいて!後でボクらのこのファッキン・フェイス・ポストカード送るから!」と言っているのが面白い。全編を通してポールよりもピーターの方が観客に向けてしゃべっているのも逆に新鮮!

■Hotel Diplomat 1973/7/13、1973/8/10

20140219_083817000_iOSジーンは、ライブ活動をしながら、なんとかマネージメント会社とレコード会社との契約を手に入れることに躍起になっていた。Eddie Kramer が録音したデモテープと自分たちで作った PRESS KIT(バンドのイメージフォトとバイグラフィなどを書いた冊子)、これまでのライブのレビュー(第3者がライブを観てレビューしたような記述だったが、本人が書いたものだ)、8月に予定している Hotel Diplomat でのショーのフリーチケットをパックにして、レコード会社やマネージメント会社に送っていった。また、自分たちの演出に凝ったアクトは音楽業界のみならずメディア全般にも受け入れられるはずと読み、TV関係の会社にも送付していた。(そもそも、ジーンが子供の頃からTV好きだったということも関係していたかもしれない。)

そんなジーンからの封書を手にした1人が Sean Delaney(ショーン・ディレイニー)だった。Sean は、ミュージシャン、作曲、振付師、TV演出などをマルチにこなす才能の持ち主で、Bill Aucoin が立ち上げたマネージメント・オフィスに Bill に誘われる形で所属していた。Sean は、ジーンから送られたパックを手にして、笑いながら Bill に言った「なぁ、ビル!俺たちの気を惹くために、こんないかれた事をするヤツらがいる。観に行ってみようぜ!」

また、同時期にブッダ・レコードの Kenny Kerner も Electric Lady Sutdios の Ron Johnsen からの封書を手にしていた。ブッダ・レコードには毎週数多くの自分たちを売り込む若手ミュージシャンからのテープが送られてきていたが、Kenny はそれらを毎週末自宅に持ち帰り、チェックをするのが役目だった。Kenny に興味を持たれなければ送られたテープはそのままゴミ箱行きだ。Kenny は Ron から送られてきたオープンリールのテープを自宅のプレーヤーにかけ、封筒に同封されていた白黒写真を見た。「なんだ、この変わったルックスは?」と思ったが、聴いている曲の印象はとても良かった。「曲作りもしっかりしているし、演奏も生々しくてストリート感がある!これは月曜日にニールに、こいつらと契約すべきだと話さなければ!」
※ニールというのは、当時ブッタレコード所属で、近いうちに自分のレコードレーベルを立ち上げる計画を持っていた Neil Bogart だ。

3275795553_ae461080f4Hotel Diplomat は、1973年当時は老朽が進み、廃れたホテルになっていた。ホテルであったのはかつての話で当時は貧困した老人たちに向けた賃貸住宅として使われることが多かった。2階にある大広間クリスタル・ルームはかつては大きなパーティで賑わっていたのだが、当時はたいていのイベントは引き受ける会場となっていた。昼間に訪れても薄暗く、トイレではネズミの姿まで確認できるほどであり、床が腐りはじめているためにステージも歪んでいた。そんな場所でも(そんな場所だからか?!)当時のニューヨークのロック・バンドにはコンサート会場として重宝されていた。何よりレンタル代が安いのだ。ただし、ライブ活動を始めたばかりのバンドには多少大きめなホールだった。ジーンはこの会場でのライブに勝負をかけていた。数多くの業界関係者に招待チケットを送り、KISS のライブを観に来て欲しいと願っていたのだ。

KISS の成功はメンバー全員が望んでいたことだが、特にピーターは特別な思いを持っていた。7/13のショーの後でスタッフにこぼしている「俺ももう28だ、すぐにでも何かが起こって欲しいんだよ。」そう、1973年時点でピーターはすでに28歳、KISS での成功を切望していたのだ。

large1973/7/13のDiplomat Hotel でのショーは The Planets がオープニングを務め、KISS はミドル、ヘッドラインは The Brats だった。1973/8/10は Street Punk がオープニングを努め、Luger がミドル、KISS はヘッドラインだった。

招待した業界関係者の気持ちを引き付ける作戦として、ポールとピーターは黒のTシャツに衣料用糊を使って KISS のロゴを描き、そこにグリッター系のパウダーを振りまき、簡易の手製 KISS Tシャツを作った。そのTシャツをピーターの姉妹や友人の女の子たちに着させて、固定ファンがいることをアピールした。また、友人たちは100以上の数の風船を買い込み、そこに KISS のロゴと彼らのメイクアップの形を書き(まるで KISS アイコンが描かれたマーチャンタイズ商品のプロトタイプだ!)ライブが始まるのを待った。

d1d6d6f19ab5fa6fこの Diplomat Hotel のショーからポールは右目の周りに星★を描くメイクを始めている。最初に顔に星★を描くデザインを考えたのはエースだった。それをポールが譲り受ける形で自分のメイクとした。このデザインが自分に一番しっくりきたのだ。最初は両目に星★を描いたらしいが、そのデザインだとエースのメイクに似た形になってしまった。そこでポールは片方だけのメイクに変更をした。初めて片目だけの星★にしたときジーンは言った「おい、片方はどうした?」ポールは笑いながら「どっかに落としてきた」と答えた。

The Planets のショーが終わり、いよいよ KISS がステージに登場した。メンバーは最前列の客が自分たちバンドのロゴとアイコンが描かれた風船を持っているのを見て驚き、また喜んだ!
ショーが始まった瞬間に会場中にそれらの風船がばらまかれた!ジーンはステージ上で踏みつぶし、ポールはサッカーボールのようにステージ上から客席に向かってキックした。ジーンはモンスターキャラになりきり、舌を出し、首をトカゲのように振り動かし、ドタドタとステージ上を歩き回った。ジーンが振り返る「俺は身体がデカかったから、ミック・ジャガーやビートルズのような動きをしても似合わなかったんだ。だから、映画 “20 Million Miles to Earth (地球へ2千万マイル)” に出てくる金星から来たモンスター “イーマ” の動きをマネしたのさ!」

この、1973/8/10のショーが KISS の運命を変える。このショーにはデモを録音してくれた Eddie Kramer も観に来ていたが、Bill Aucoin と Sean Delaney が来ていたのだ。

Kiss-hotel-diplomat-13-julio-1973.Eddie Kramer はショーの途中でミキシングボードを担当していた Eddie Solan の元へ来るとドラムの音量バランスのアドバイスまでしている。「マイクを持ってきて、スネアドラムの上に置いてこい!、キックドラムの音量も上げろ!」なんと贅沢な助言だろうか…

Bill Aucoin は会場に入ると最前列にいたピーターの姉妹(2人ともお手製の KISS Tシャツを着ていた)Joanne と Donna の間に挟まれる位置に立った。Joanne と Donna は他のロックファンとは違う風貌の Bill を見て業界関係者だと確信し、メンバーが登場した後はいつも以上に大きな声で彼らの名前を叫び、大騒ぎをした。

Bill Aucoin Deadショーが終わった後、サウンドボードのところにいた Eddie Solan の元に Bill Aucoin が来て「ショーにノックアウトされたよ。KISS のメンバーと話がしたいんだけど」と言った。Eddie はすぐに Bill の腕を掴みバックステージへと連れて行った。Bill Aucoin は続けた「君たちがやっていることが気に入ったよ。君たちさえ良ければ一緒に仕事をしたいと思っている。でも、僕もこの手の仕事は初めてなので、とりあえず1ヶ月間をくれないか?もし、1ヶ月以内にレコード契約が取れなかったら、マネージャーからも辞退させて貰う。まずは今度、僕のオフィスでミーティングをしよう。」
Bill とバックステージで話をしていた時、ジーンは部屋の中にファンの女の子がいることに気が付いた。ジーンは Bill と話しながら、彼女を手招きし、ひざの上に抱えて Bill との話を続けた。既に成功は手にしているんだという姿をアピールする目的でだ。これも Bill の心を動かす要素になっていた「このバンドの周りで何かが動き始めている」と Bill はすぐに嗅ぎ取った。

後日、Bill のオフィスでのミーティングのことをポールが振り返っている「Diplomat Hotel のショーの後に Bill が来てジーンと話をしていたけど、僕は誰が来たのかわかってなかったんだ。ジーンに聞くと Flipside というTV番組を作っているって教えてくれたんだけど、Flipside っていうのはティーンエイジャーのダンス番組みたいなものだった。オフィスに行った時に Bill が言ったんだ 『もし、君たちが世界一のバンドを目指さないというのなら、僕は一緒に仕事はしたくない』ってね。それをマネージメントの経験もない男が言ったっていうのが良かったのさ。KISS はその辺にいる普通のバンドじゃない。だからこそ、こんな考えを持つ未経験なマネージャーがいいと思ったんだ。」

Bill Aucoin は、14歳の時に独自にラジオ局を立ち上げている(もちろん違法だが…)。その後、TV業界に飛び込み数々の番組を手掛けてた。音楽番組として有名な Saturday Night Live の前番組である Saturday Night at the Movement も Bill が手掛けた番組だった。同番組はこれまで音質の悪さを理由にTV出演を拒んできたミュージシャンに出演してもらうために、収録をレコードが録音される本物のスタジオで行うなどのアイデアを出し、スティービー・ワンダーやジョン・レノン、オノ・ヨーコなどを出演させている。

また、 Direction Plus という会社のコマーシャル部門では、ロック・アーティストのプロモ・ビデオ作成に着手した、後のMTVなどに代表される音楽ビデオ番組の先駆者でもあった。この Direction Plus で仕事上のパートナーとなったのが、Joyce Bogart-Trabulus(Joyceはレコード会社 Casablanca の創始者 Neil Bogart と結婚、Neil が亡くなった後で再婚をしている。そのため、姓を “Bogart-Trabulus” としている)だった。

この Joyce との仕事を通して、Bill Aucoin はマネージメント会社の設立を決める。2人はスタートしたばかりの会社を Rock Steady と名付けた。この名前 “ROCK STEADY” は Bill が好きだった歌手 Aretha Franklin の曲名から取られている。Bill はマネージメントを手掛けるにあたり、自分のTV業界でのバックボーンを元にヴィジュアル面に訴えることができるバンドは必ず成功すると睨んでいた。そのターゲットとなったのが、KISS だったのだ。

この時、KISS は、その後1982年まで続く強固なマネージメントスタッフを得たのだ!

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