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Music From THE ELDER

The_elder_album_coverタイトル : Music From THE ELDER/エルダー魔界大決戦
発売日 : 1981年11月10日(米)
レーベル : Casablanca(米)
録音場所 : Phase One studio(Toronto)
録音年月 :1981年3月~9月
プロデューサー : Bob Ezrin
エンジニア : –
参加ミュージシャン:
Allan Schwartzberg – drums(”I”、”ODYSSEY”)
The American Symphony Orchestra – Orchestra part

1. Fanfare  Stanley, Ezrin
2. Just a Boy Stanley, Ezrin
3. Odyssey Tony Powers
4. Only You Simmons
5. Under the Rose  Simmons, Carr
6. Dark Light Frehley, Simmons, Anton Fig, Lou Reed
7. A World Without Heroes Stanley, Simmons, Ezrin, Reed
8. The Oath Stanley, Ezrin, Powers
9. Mr. Blackwell Simmons, Reed
10. Escape from the Island Frehley, Carr, Ezrin
11. I Simmons, Ezrin

BILLBOARD誌最高位:75位
スイスでは5位、ノルウェーでは7位を記録している。

シングルカット:
“A World Without Heroes” (BILLBOARD誌:56位)
“I”

NOTES:
1981年当時は AC/DC や Judas Priest 、NWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)と称される Iron Maiden や Def Leppard といったハードロックバンドがイギリスを中心に注目をされ始めた時期であったが、KISS はまったく異なる路線のアルバム制作に着手していった。

KISS が契約していたレコード会社 Casablanca も1981年になると、資金的な問題もあり PolyGram 社により実権を握られ始めていた。そのために、KISS に対してのレコード会社からのサポートもほぼないような状態になっていたとも言われている。

“Music From THE ELDER” は失敗作だったのか?当時の KISS ファンにはそう思った連中も多いだろうが、今の多くの KISS ファンはそうは思っていないだろう。

1981年3月、エースが所有する自宅に併設されたスタジオ、通称 “Ace In The Hole” で “Music From THE ELDER” の制作はスタートした。最初に録音された曲は、”DEADLY WEAPONS,” だった。この曲がエリック・カーの KISS メンバーとしての初録音となった。この時点では “UNMASKED” から一転して KISS がヘビーな路線に戻ることを予感させるものではあったが、結局アルバムには採用されずに、後年ジーンがアルバム “ASYLUM” で再利用することになってしまっている。

◆KISS – Deadly Weapons – demo ’81

興味深いことに、当初 “UMKASKED” に次ぐアルバムは “ROCKIN’ WITH THE BOYS” になるという噂もあり、「KISS が “DESTROYER” から “LOVE GUN” の頃のハード・サウンドに戻ってくる」という雑誌記事やファンクラブ通信などからの発表もあった。確かに当初はハードな曲も用意されてはいたようだ。また、当初はセルフ・プロデュースでエース自宅のスタジオで全て録音するという予定もあったと言われている。そこに持ち込まれた曲には “NOWHERE TO RUN”(アルバム “KILLERS” に収録)、”REPUTATION”(長らく埋もれたデモ曲として知られていたが、2014年にアルバム “KISS 40” に収録された)、”FEELS LIKE HEAVEN”(ジーンの曲だが、後年ピーターのソロ・アルバム “LET ME ROCK YOU” に収録されることになる)などだったと Kerrang 誌に記載もされていた。

その時に収録された “HEAVEN” と題された曲がある。エースとエリックの2人だけでスタジオに入り録音した曲だが、後年になって Frehley’s Comet のアルバムに収録された Breakout” の原曲であり、KISS のアルバム “REVENGE” に “CARR JAM 1981” として収録されることとなった。
エリック「僕のドラム・ソロも含めた、まるで “MOBBY DICK” (Led Zeppelin がリリースしたドラマー、ジョン・ボーナムのソロを含んだ曲のタイトル)だよ。曲中に3分間近いドラム・ソロがあるんだ。」

また、この時のデモにはエース作の “DON’T RUN” という曲がある。この曲は “DARK LIGHT” とタイトルを変え、歌詞も変更し、”Music From THE ELDER” に収録されることとなった。この曲のリフは元々 Anton Fig が考えたもので、エースがそのリフをベースにして完成させたと Anton Fig は語っている。

◆Kiss (Ace Frehley Demo) – Don’t Run

5月になり、プロデューサーとして Bob Ezrin の参加が正式に決まった。スタジオもニューヨークの IRS Studios に移ることとなった。Bob Ezrin は70年台後半に Pink Floyd の大ヒット・アルバム “The Wall” をプロデュースしたことですっかり大物となっていた。KISS としては “Destroyer/地獄の軍団” のヒットよ再びという思いを、その後も継続して成功を収めていた Bob Ezrin に委ねてなんとか現状の打破をして欲しかったという意志もあったはずだ。ただし、その意志が強かったのはレコード会社の方であり、ポールとジーンは Bob Ezrin のオーバー・プロデュース気味な手法にはうんざりする部分もあったし、エースにしても既にバンドを脱退する意志を固めていたため自分から意見を言うこともなく、エリックは雇われメンバーのために発言権すらないような状態だった。

“Music From THE ELDER” 製作時からポールの頭には既にメイクを落とすというプランがあったという。ピーターの離脱によりバンドは新たに生まれ変わったということをアピールする必要があるとの考えだったが、レコード契約上の問題などもあり、この時には実現されなかった。

なぜ、”Music From THE ELDER” はストーリー仕立てのコンセプト・アルバムとなったのか?実は明確な理由は明らかになっていない。発表当時はやはり Bob Ezrin が KISS に提案したと言われていた。ポールもかつてのインタビューで「アルバムの方向性は Bob に委ねられたんだ。彼に一切を任せたんだよ。」とも語っている。また、一方ではジーンがこのアイデアを思い付いたとも言われている。ジーンが、”The Elder” というストーリーを書き映画化も考えていた。そのサウンドトラックとしてこのアルバムが製作されたという説だ。ただし、その時点ではストーリーも完成には至ってはいなかったと言われている。ジーンが作ったストーリーは勧善懲悪物で善(天使)と悪(悪魔)の対決というものだったそうだ。

1970年代後半にコンセプト・アルバムは確かに成功を収めていた、前述した Bob Ezrin による Pink Floyd の “The Wall” は同時製作されたカルト・ムービーも人気を呼び成功をしている。他にも Yes や Rush などがそれに続いていた。しかし、彼らはどちらかと言うとプログレッシブ・ロックというジャンルに括られるバンドであり、KISS のようなシンプルなロックバンドがそれを実現しようという時点で多少の疑問を感じずにはいられないものがあった。

ポールとジーンの頭の中には The Who の “Tommy,” をもっとヘビーなロックで再現するというイメージがあったのかもしれない。確かにチャレンジングな試みだ。だが、エースはそのアイデアを受け入れることができなかった。ニューアルバムへの Bob Ezrin の起用はエースを更に不安にさせる材料だった。エリックも同様だったようだ。自分が加入することで、以前のようなロックを根源とする曲作りやサウンドに戻ると期待していた彼もコンセプト・アルバム製作には困惑をしていたと言われている。

当初の予定では、”The Elder” は3部作となる予定だったとも言われている。2作目のタイトルは “The Elder II: War Of The Gods,” と決まっており、天使と悪魔の激突がヘビー・メタルのサウンドに乗って展開していく予定であった。

収録曲の一つにジーン作の “ONLY YOU” があるが、この曲はジーンが Wicked Lester 加入前に作られた “ESKIMO SUN” という曲が元となっていた。 “ESKIMO SUN” の歌詞の中でもヒーローとなるべき少年が、自身の運命を受け入れて闇のパワーに戦いを挑むというジーンが好きなコミックの世界を展開しているような内容が含まれていたが、そのアイデアが The Elder 全体に引き継がれていたようだ。

The Elder 収録曲である “A WORLD WITHOUT HEROES” は元となった曲がポール作の “Every Little Bit Of Your Heart” という作品だった。タイトルと歌詞についてはレコーディングの前に Bob Ezrin の指示で書き変えられている。アルバム全体のコンセプトを整えるべく Bob Ezrin が呼んだのが Lou Reed だった。ポールが振り返っている。
ポール「Bob Ezrin が、”我々はコンセプト・アルバムを作っているんだから(曲の)タイトルや歌詞を変えるべきだ。メロディはよくできているが、歌詞がストーリーに沿っていないんだよ。これはグループのプロジェクトとして取り組むべきだ” と言ったんだ。グループ…そう、そのグループっていうのは Lou Reed とボブとジーンのことだったよ。」

◆Kiss – The Elder Demos (1981) – Every Little Bit From Your Heart

Lou Reed は、 “A WORLD WITHOUT HEROES” 以外にも ジーン作の “Mr.Blackwell” とエース作の “Dark Light” (エースが作った元のタイトルは “Don’t Run” )にもクレジットされている。

エリック・カーには The Elder が KISS に加入して始めてのアルバムとなったが、彼が作曲した曲も収録されている。 “Under The Rose” だ。エリックが振り返っている。
エリック「アルバムに収録されたほぼそのままの状態の曲を僕がジーンに持って行ったんだ。ジーンがその曲を気に入って歌詞を書いたんだよ。そして完成した曲を Bob Ezrin も気に入ってくれたんだ。」

“Escape From The Island” でベースを弾いているのは Bob Ezrin だ。ある日、Bob の家の地下室にあるスタジオでエースとエリックと Bob との3人で行ったジャム・セッションであの曲はレコーディングされている。

“ODYSSEY” は、Tony Powers の作品である。パワフルなロック・バラードでアルバム全体の雰囲気を左右する出来となった。ジーンもメイン・ボーカルを望んでいたが、最終的にはポールが歌うことに決定している。作者の Tony Powers 自身も後にレコーディングし、ビデオ作品 “Don’t Nobody Move (This is A Heist)” に収録している。

◆Tony Powers – Odyssey

エリックにとっては残念なことに、収録曲の “I” と “ODYSSEY” でドラムを叩いているのはエリックではなく、セッション・ドラマーの Alan Schwartzberg だ。Bob Ezrin にはエリックのサウンドが曲のイメージにマッチしていないと感じられたらしく、敢えてセッション・ドラマーを呼んで叩かせているのだ。

また、”THE OATH” についてもある噂がある。同曲はTV番組 Fridays にてライブ演奏が収録されたが、ギターソロがレコード収録バージョンとかなり違っている。そのため、同曲のスタジオ録音ではエースではない別のギタリストがソロを弾いているのではないかという噂だ。だが、この答えについては未だに正式には回答されていない。

収録曲最後の “I” では、ポールとジーンが掛け合うように歌っている。実はこの “I” を最後にこのようにポールとジーンがボーカルを分け合うスタイルは1992年に発表されるアルバム “Revenge” まで11年近くも実現することがなくなってしまう。

“I” の後には物語がこの後も続くようなセリフが収録されている。そこで語られている内容はこうだ。
Elder: Morpheus, you have been summoned here to offer your judgement of the boy. Do you still deem him worthy of the fellowship?
Morpheus: I certainly do my Lord. As a matter of fact, I, I think you’re going to like this one. He’s got the light in his eyes. And, the look of a champion. A real champion.

レコーディングは最初はトロントにある Phase One studio で行われ、続いて Bob Ezrin の所有するスタジオに移って続けられた。ここでエースは Bob のスタジオに行くことを拒み、コネチカット州にある自宅に戻ってしまった。そのため、24トラックのマスターテープがエースの自宅に送られ、エースだけが自宅のスタジオでギターのレコーディングを続けることとなった。明確にはされていないが、一部はセッション・ギタリストが弾いているパートもあると言われている。

その後、Bob Ezrin によるアルバム完成までの作業には7ヶ月間を要している。収録曲の “FANFARE” で聴かれるようなホーン・セクションによるパートなどのレコーディングも必要となったためだった。そして、9月には Bob Ezrin も全ての作業を完了させた。

完成されたアルバム全体がコピーされたカセットテープを自宅で受け取ったエースは、全てを聴き終わった後にカセットを壁にぶつけて破壊したと言っている。Bob Ezrin による編集の段階でエースのギターソロはカットされたり編集がなされていたためだ。
エース「音楽的にダメなアルバムとは思ってはいなかったんだ。これが KISS のニューアルバムとして最善な選択だったのかという点が気に入らなかったんだよ。」

“Music From THE ELDER” は日本で先行発売されることとなった。リリース時の曲順は以下のようであった。物語のストーリーを順次追うには最適な曲順としてこの並びになっていた。
1. fanfare
2. JUST A BOY
3. ODYSSEY
4. ONLY YOU
5. UNDER THE ROSE
6. DARK LIGHT
7. A WORLD WITHOUT HEROES
8. THE OATH
9. MR. BLACKWELL
10. I

このように当初は ”ESCAPE FROM THE ISLAND” は収録されていなかったのだ。

その後、アメリカを始めとする各国で発売するにあたり、シングルヒットの可能性を秘めた “THE OATH” と “A WORLD WITHOUT HEROES” の曲順をレコード各面のトップに持ってくるように変更がなされている。変更された曲順はこうなっていた。

1. THE OATH
2. fanfare
3. JUST A BOY
4. DARK LIGHT
5. ONLY YOU
6. UNDER THE ROSE
7. A WORLD WITHOUT HEROES
8. MR. BLACKWELL
9. ESCAPE FROM THE ISLAND
10. ODYSSEY
11. I

※1997年にリマスター盤が発売される際には日本盤と同じ曲順になったが、”ESCAPE FROM THE ISLAND” が削られることはなかった。

10月にはプレスキットが作成され大手レコード店やラジオ局に届けられている。反応はほとんどがネガティブで、とてもラジオでのオンエアなどのサポートを受けられそうな状況ではなかった。

1981年11月17日に “Music From THE ELDER” はリリースされた。アメリカでのチャート上での動きは鈍く、1982年になってようやく75位をマークする程度であった。これはそれまでの KISS のアルバムの中で最低の順位だ。
この結果にはメンバーも落胆し、計画を進めていたワールドツアーも全てキャンセルせざるを得なくなってしまった。(今となってはこのツアーが実現したらどんな曲が演奏されていたのか興味は尽きないが…)

また、この結果はエースにバンドを脱退する意志を強く固めさせてしまう大きな要因となってしまうのだった。ピーターがいなくなってしまった後では、ポールとジーンの決定に対してエースは拒否権はないと感じてもいた。

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