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Ace Frehley

220px-Ace_frehley_solo_album_coverタイトル : ACE FREHLEY/エース・フレイリー
発売日 : 1978年9月18日(米)
レーベル : Casablanca(米)
プロデューサー : Eddie Kramer
録音場所 :Filston House (Conetticut)、
Radio City Music Hall (New York)、
Plaza Sound(New York)
録音年月 : 1978年6月~7月
エンジニア :Rob Freeman

参加ミュージシャン:
Anton Fig – drums, percussion
Will Lee – bass guitar on “OZONE”, “I’M IN NEED OF LOVE” and “WIPED-OUT”
Carl Tallarico – drums on “FRACTURED MIRROR”
David Lasley and Susan Collins – backing vocals
Larry Kelly – backing vocals on “RIP IT OUT”
Bill “Bear” Scheniman – bell on “FRACTURED MIRROR”
Bobby McAdams – power mouth on “NEW YORK GROOVE”

1. RIP IT OUT Frehley/Larry Kelly/Sue Kelly
2. SPEEDIN’ BACK TO MY BABY Frehley/Jeanette Frehley
3. SNOW BLIND Frehley
4. OZONE Frehley
5. WHAT’S ON YOUR MIND? Frehley
6. NEW YORK GROOVE Russ Ballard
7. I’M IN NEED OF LOVE Frehley
8. WIPED-OUT Frehley/Anton Fig
9. FRACTURED MIRROR Frehley

BILLBOARD誌:最高位26位

シングル・カット:
“NEW YORK GROOVE” / “SNOWBLIND” 1978年10月発売 BILLBOARD誌:最高位13位

NOTES:
レコードには他の3人と同様にジグソー・ポスターがおまけで付いていた。これは4人のポスターを合わせると大きな KISS のポスターになるというもの。

4人のソロ・アルバムの中で最も有意義だったのはエースのソロ・アルバムだろう。もちろん、それまでも KISS のリード・ギタリストとして、また結成時からのソングライターとして、実力は十分に発揮していた。(初期に発表された “COLD GIN” や “PARASITE” などの人気曲はエースが作曲したものだ)また、ボーカリストとしても “SHOCK ME”、”ROCKET RIDE” という2曲で十分通用することは証明してきていたが、ソロ・アルバム作成において、その才能が一気に開花したと言うことができる。(”SHOCK ME” と “ROCKET RIDE” は KISS ファンの多くが好きな曲としてあげる曲だ。ギターが Tommy Thayer に変わった今もツアーのセットリストに “Shock Me” が組み込まれていることからもそれがわかる)

映画 “KISS Meets the Phantom of the park” の撮影が終わった直後から、エースはソロ・アルバムの制作をコネチカット州に建てた Filston House で開始する。プロデューサーに起用されたのは、それまでも KISS のレコード制作に携わってきた Eddie Kramer だ。そこで全てのリズム部分のレコーディングを終えてしまう。その期間は1978年の6月中旬の12日間だった。

プロデューサーに Eddie Kramer を起用するにあたり、エースはこんなことを言っている。「これまでにオレがボーカルを録音した2曲(”SHOCK ME”、”ROCKET RIDE”)とも Eddie が録音してくれたんだ。オレは2曲ともとても気に入ってる。だから、Eddie にまかせれば安心だよ。だって、オレのことをわかってないヤツの前で歌うなんてイヤだろう。」

このソロ・アルバム作成においてエースは常に Eddie Kramer といっしょに作業をした。レコーディングの準備段階から最終的なマスタリングまで共に作業をしたことがエースにとってはとても有意義で、多くのことを学ぶ機会になっていた。

レコーディングに参加したドラマーは、Anton Fig だ。Anton は、当時 Siren(後に Spider と改名)に在籍をするドラマーだった。Anton との契約はとてもスムースに行われた。当時、Anton のバンドは、ベーシストをオーディション中で、そこに現れた Larry Rusell(エースの友人だった)から、「エースがソロ・アルバム制作のためのドラマーを探しているから連絡してみたら」と言われたことが発端となっている。また、Anton は、Eddie Kramer とも共に仕事をしたことがあった。2人の薦めもあり、まずはデモ作りからエースと共に始めることとなった。初めてエースに会った時、Anton はエースがリード・ギタリストであることすら知らなかったらしいが、共にスタジオに入り演奏を始めるとすぐに信頼関係を築くことができたと言っている。

Anton 以外のミュージシャンとしては、Will Lee がベーシストとして “WIPED-OUT”、”I’M IN NEED OF LOVE”、”OZONE” に参加している。Will Lee は著名なベーシストで1960年代から多くのアーティストのアルバムに参加している。(有名なところでは、George Benson、Patti Austin、Frank Sinatra、Boz Scaggs など)この3曲以外のベースはすべてエース自身が弾いている。

ちなみに Anton Fig も Will Lee も1987年のエースのアルバム “Frehley’s Comet” にも参加している。
また、”Fractured Mirror” でドラムを叩いているのは、Carl Tallarico である。

コネチカットでの録音では、Electric Lady Studios からミキシング・コンソールを持ち込んで行った。また、家の中のあらゆる場所での録音が試された。ある時は1階にドラム・セットを組み、次には2階に移し、ということをしたそうだ。

“RIP IT OUT”、”NEW YOURK GROOVE”、他数曲はニューヨークの Radio City Music Hall の最上階を借りて録音もされたとEddie Kramer は振り返っている。

“OZONE”では、ARP の Avator というギターシンセサイザーが使用されている。今でこそロックバンドがシンセサイザーを使用するのは特別なことではないが、1978年に使用したミュージシャンは少ない(特にギタリストで使用したのは、更に少ないだろう)。エースはギターシンセサイザーの可能性が気に入り、「次のツアーに持って行きたいよ。ギターソロに絡めたら面白いことができるかもね。」と話している。

コネチカットでのベーシック部分のレコーディング後、ニューヨークの Plaza Sound に場所を移し残りのレコーディングが行われた。この作業は6月27日から7月2日までという短期間で終わっている。Eddie はその後、30日をかけてミキシングやマスタリングを行った。

このアルバムについて語る上で外すことができないのは、 Russ Ballard が作曲した “NEW YORK GROOVE” のカバーについてだ。この曲はイギリスのポップ・バンド Hello が1975年10月に UK のチャートで9位まで獲得したヒット曲だった。エースがカバーした “NEW YORK GROOVE” はシングル・カットされ、1979年2月3日のUSチャートで13位を獲得している。これは、4人のソロ・アルバムからシングル・カットされた曲の中で1番上位の記録である。”NEW YORK GROOVE” は、このヒット記録だけではなく、その後のエースのキャリアにおいて、何度も取り上げられ、エース自身を象徴する曲となった。(1996年のリユニオン後も KISS のセットリストに加えられている。)


“RIP IT OUT” は、KISS 加入前にエースが在籍していたバンドのメンバーだった Larry Kelly と Sue Kelly との共作である。アルバムのオープニングを飾るのに適したとてもパワフルなギターサウンドを聴かせる曲だ。

“SPEEDIN’ BACK TO MY BABY,” では、エースの夫人である Jeanette Frehley が共作者としてクレジットされている。Jeanette は、作詞を担当している。この曲のコーラス部分に車のエンジン音がミックスされているが、使用されているのはフェラーリだ。レースカー好きなエースと Eddie Kramer はこの部分のためにフェラーリを注文し、納車までの数週間、録音を待ったと後に語っている。また、この曲のソロは逆回転の手法が取られている。録音したテープを逆回転させ、他の音にミックスするのは高い技術を要求されるが、エンジニアの Rob Freeman は一発でやってのけたそうだ。イントロ部分のギターも当初の録音ではソロとして録ったもので、それをイントロに持ってきたのがうまくいったと言っている。ともかく、エースはこの曲の出来にはとても満足していた。

“WIPED OUT” のイントロ部分は1963年に Surfaris がヒットさせた “Wipe Out” に似せて作られているが、カバーソングというわけではない。

エースは、このアルバムの録音では1959年製のレスポール・スタンダードをメインに使用した。他にもFender社製のギターも多用されているそうだ。また、”OZONE” と “WHAT’S ON YOUR MIND” ではギルド社製の12弦アコースティックを使用している。”WIPED OUT”では VOX 社製の wah-wah が使用されている。「あれは LA のポーン・ショップ(いわゆる質流れ品)で買ったんだ。新品だと、思ったような音が出ないんだよ。”ROCKET RIDE” の録音で初めて wah-wah を使ったけど、うまくいってただろ!」とエースは語っていた。”Fractured Mirror” では、Gibson社製のWネックギター(一方が6弦ギターで、もう一方がマンドリンになっているもの)を使用している。

このアルバムでエースは多くのことを得ることができた。製作期間も他のメンバーより少なく、期日より前倒して終了している。何よりもリード・ボーカルを取れることが十分証明され、以降の KISS のアルバムでも他のメンバーと対等にボーカル曲をリリースすることとなる。The Beatles 以来のロック・バンドの中でメンバー全員が対等にボーカルが取れる構成のバンドなんて KISS 以外にあったんだろうか?

※修正しました。Russ Ballad が在籍していたバンドを Hello と記述してしまいましたが、正しくは Argent でした。Hello も Ace と同様に “New York Groove” を取り上げていました。(2014年2月7日)

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